あるメーカーが商標権侵害している場合、そのメーカーの商品を取り扱っている百貨店や小売店、卸売業者などにも商標権侵害の通知をすべきかでしょうか? そのような行為は営業妨害にならないでしょうか?
ここでは、商標権侵害事件ではよくある、百貨店や小売店を巻き込んだケースについてお話しします。
1.商標権侵害された場合、誰に対して通知するか?
例えば、あなたがABCという商標を商標登録しているとします。このとき、他社(メーカー)が、勝手にABCという商品を製造して販売していました。この会社は、自社で製造したABCという商品を、百貨店に出店したり、小売店に卸したりして、いろんなルートで販売しています。
このときあなたは、「誰に対して」商標権侵害行為をやめるよう、通知するのが良いでしょうか? 下記の3つの中から選んでみてください。
(a)メーカー(その会社)
(b)百貨店や小売店
(c)卸売業者
最初に通知するのは(a)メーカー
一般的な答えとしては、まず、このABCを勝手に製造販売している(a)の「メーカー」に対して通知するのが最優先となります。 最も主導的かつ直接的に商標権侵害をしているのはメーカーですので、このメーカーに商標権侵害である旨を通知して、 商標の使用をやめて欲しいと伝えなければ話が始まりません。そして通常は、(a)の「メーカー」のみに通知すれば、それで問題が解決することが多いと思われます。また、それが一番平和的に問題を解決する道となるでしょう。
一方で、(b)の百貨店や小売店、(c)の卸売業者などにも通知書を送った場合どうなるでしょうか。これらを巻き込んだ場合、話が大きくなり、争いが激化する可能性があります。できれば、平和的解決を望むならば、いきなりこのような取引先にまで通知をするのはひかえた方が良いでしょう。
また、後述3.で説明する通り、むやみに取引先にまで通知をすると、最悪、不法行為として損害賠責任を負うこともあるので注意が必要です。
2.百貨店や小売店などに商標権侵害の通知をするとどうなるか
なるべくならば平和的な解決を望みたいですが、上記のように(a)のメーカーに対して商標権侵害の通知書を送ったけれど、なかなか使用をやめてくれない場合があります。 例えば、メーカーが「商標が類似していない」など反論した場合や、こちらの通知に誠実に応答しなかった場合などが考えられます。こういった場合、やむを得ず、(b)の百貨店や小売店、(c)の卸売業者に対しても「商標権侵害品を販売しないように」と通知することも選択肢に上がるかもしれません。
これは、非常に強力な手段です。なにせ、(a)のメーカーにとっては、このような大事な取引先に権利侵害の通知が行くことは、非常に大きな打撃なのです(場合によっては、最も嫌なことかもしれません)。それまで反論していたのが態度を変え、使用の停止に応じることも多いはずです。うまくいけば、早期解決につながるでしょう。
百貨店側が出店を拒否することも
さらに残酷なことに、商標権侵害の通知を受けた百貨店や小売店は、メーカーが「これは商標権侵害ではないんです」と事情を説明したとしても、一方的に出店を拒否するケースがあります。百貨店や小売店としては、本当に商標権侵害に該当するかどうか(最終的には裁判をしなければわからない)にはあまり関心はなく、それよりも何よりも、このようなトラブルの可能性がある商品を扱うことが嫌なのです。
私が過去に扱った事例でも、百貨店に出店していたケースで、「名前を変えなければ出店不可」とされたケースや、「名前を変えても今回は出店不可」とされたケースがあります。
このように、百貨店や小売店への通知は非常に強力な方法です。 しかし、このような通知をする場合、ものすごく慎重に、自分らの主張におかしいところがないか、確認するようにしましょう。もし、虚偽の事実を伝えたり、相手方を不当に貶めるような表現があった場合、不法行為となる可能性があるためです。以下では、百貨店や小売店などに通知をする行為の危険性について説明します。
3.百貨店や小売店などに商標権侵害の通知する危険とは?
メーカーだけでなく百貨店や小売店などにも商標権侵害の通知をしたとき最も問題となるのは、後に「実は商標権侵害ではなかった」という結論が出る場合です。例えば、商標権侵害について裁判で争った結果「商標権侵害ではない」と判決が出た場合や、商標登録無効審判などで商標権が無効となった場合がこれに当たります。ご存知ない方も多いですが、一度商標登録になった場合であっても、他人から「この商標が登録になっているのはおかしい」と指摘され、証拠を提出された結果、商標登録が無効となる場合があります。商標登録が無効になった場合、その商標権は「初めからなかったものとみなされる」ので、当然、無効になる前にした警告行為なども、間違った行為ということになります。
百貨店や小売店などへの通知は、高度な注意義務が要求される
このようなケースについては、過去の判例や学説を参考にすると、次のような考え方ができると思います。
(1)商標権侵害で警告した後に、「権利侵害でなかった」と判明した場合であっても、直ちに、過去の警告が不法行為と認められるわけではない。商標登録になっているのだから、商標権者が自分に正当な権利があると考えるのは無理もないためである。ただし、商標権者に注意義務違反があったり、告知行為の内容や態様が社会通念上著しく不相当である場合は、故意過失があるものとして不法行為(損害賠償の対象)となりうる(知的財産高裁平成23年2月24日判決)。
(2)その中でも特に、商標権者が卸売業者や小売店などに告知する場合には、与える影響が大きいため、より高度の注意義務が要求されると考えられる(名古屋地判昭59.8.31)。
つまり、簡単にいうと、メーカーだけでなく百貨店や小売店などにまで商標権侵害の通知をした場合、メーカーに与える損失が非常に大きいため、よほどしっかり注意し、自分の主張が正しいかどうか確認した上で通知したのでなければ、もしその通知の内容が間違っていた場合、不法行為として損害賠償の責任を負う可能性がある、ということになります。
特に注意すべき事項として、メーカー側が反論している場合は、その反論の内容についてはよくよく検討する必要があるでしょう。
参照 : SHARES 弁理士 井上 暁彦のページ
参考:SHARES LAB
■『商標の類似の判断で一番大切なこと』
■『商標権侵害の「無茶な警告書」~実際にあった事例を紹介~』
■『他社から商標権侵害の通知書(警告書)が送られてきたらどうする?』
■『商標権侵害の警告書の書き方(せっかく商標登録したのに勝手に使っている人がいたらどうする ? )』