商標は、いつ出願して登録したら良いのか 〜商標弁理士による<超訳>お悩み解決講座〜
知財


事業を行っている方、企業の方とお話をしていると、しばしば「商標が大事なのはわかっているのだけれど、いつやれば良いのか判断がつかない」という趣旨のお話をいただくことがあります。

商標にまつわるトラブルがニュースになることも少なくないので、商標の重要性を認識されている方は以前より増えているよう感じます。

しかし、「いざ自分ごととなると、どうしたら良いか分からない」、「早い方が良いのだろうけど、ウチくらいの規模ではまだ必要ないのでは?」というようなお話を聞くことも増えてきています。

そこで本記事では、皆さんが思われる「商標は、いつ出願して登録すべきなのか」について、よくある誤解とわかる解説を添えて、答えをお伝えしていきたいと思います。

この記事の目次

よくある誤解1:「事業が盛り上がってきてからで大丈夫?」

事業を営まれている方のお話を伺っていると、まだ事業が軌道に乗っていなかったり、知名度が高くなかったりという理由で、自分は大丈夫だと思っている方がいらっしゃいます。

なるほど、まだ誰にも知られていないから商標のトラブルが起きる可能性は低い、というイメージでしょうか。

しかし、改めてお考えいただきたいのが、事業が軌道に乗って知名度が高くなってきた頃になって、実はその商標は使ってはいけないもの(=違法状態)だったとしたら、かえって困るのではないでしょうか。

人気が出てきた商品やサービスということは、世の中にある程度浸透していて、他社の目に触れる機会も増えてきます。

もしそこで、その商標を使うことが他社の商標権を侵害するものだったらどうするでしょうか。

商標権者としては、商標権を侵害する行為を直ちに中止せよ、損害を賠償せよ、などと求めてくるだろうというのは、逆の立場に立って考えると想像がつくかと思います。

わかる解説1:商標法の大原則「先願主義」

商標は、制度上、一番初めに特許庁に出願手続きをした人が優先することになっています。

つまり、あなたが今日その商標を出願しても、他人が昨日出願していたら、たったそれだけ、たった1日の違いで他人が優先してしまいます。

これが「先願主義」というもので、商標法の大原則になっています。

こんな話をすると、そんなの法律の欠陥だ、制度不備だと思われる方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、もし先に商標を使っていた方が優先するという制度にしたとして、「初めて商標を使いはじめた日」というのは、確実に記録が取れているでしょうか。改ざんや記憶違い、資料の紛失もあり得ます。

一方、出願日を基準とすると、記録として確実なので客観的な判断ができるようになります。

しかし今度は、「出願費用を捻出できる大企業に有利ではないか」という声も聞こえてきそうです。

ですが改めて考えてみますと、もし「先に使っていた人が優先する」ということになると、他に先行する商標がないかを調べようと思った人は、日本全国を徹底的に調べ上げる必要があり、それこそ莫大な費用がかかります。

一方、出願した日を基準とすれば、特許庁に記録されている情報を調べさえすればよくなり、低コストで見通しが立てられることになります。

すなわち、資本規模が大企業ほどではなくても、現実的に対応できる費用感に収まるということです。

このように、「先願主義」は合理的なものだといえます。

結局、初めに戻りますが、「一番早く出願することが大切」ということを忘れないでくださいね。

よくある誤解2:「商標は先に使い始めていたら大丈夫?」

そうはいっても、「いやいや、私の方が商標を先に考えついて、先に使っていたのだったら問題ないのでは?」と思われるかもしれません。

しかし残念ながら、商標を「先に思いついた」という事情は一切考慮してもらえません。

また、「先に使っていた」という事情は、ごく例外的に考慮されることがありますが、当てにはできません。

わかる解説2:先に使っていた人を救済するための「先使用権」

先願主義が大企業優遇ではないことは解説1でお伝えの通りですが、それでも先に使っていた人の既得権はあるだろうと思われるかもしれません。

確かに、商標法には、商標登録を受けないで先に商標を使っていた人に「先使用権」という権利を認めて、権利行使から救済する制度が設けられています。

しかし、単に先に使っていたというだけでは足りず、「その商標登録出願の際・・・現に・・・需要者の間に広く認識されているときは」との条件が課せられています。

実はこの条件が曲者で、要するに、「世の中で有名になっているものだけ」に先使用権を認めますよ、というルールなっています。しかも、権利行使をしてきた他人が特許庁に出願をした時点で、です。

ちょっとわかりにくいですね。例をあげてみます。

【例】
2000年7月1日に、Aさんが「XYZ」というブランドのレストランを始めました。
2015年4月1日に、Bさんが「XYZ」というブランドをレストランについて特許庁に出願し、その後商標登録を受けました。
2018年12月に提供したクリスマスメニューがきっかけで、Aさんのレストラン「XYZ」は有名になりました。
2021年10月1日に、BさんがAさんに対して商標権を侵害するとして裁判を起こしました。


以上の事実関係でシミュレーションしてみましょう。

Bさんに訴えられたAさんは、裁判では「先使用権」を主張して争います。

しかし、Aさんに先使用権があるというには、Bさんが特許庁に出願をした2015年4月1日の時点で、レストラン「XYZ」がAさんのものとして有名であったという事実を裁判所に認めてもらう必要があります。

そして、この有名になっているというのは、単にそう主張すればいいというものではなく、有名であることを裁判所に認めてもらう必要があります。裁判所は主張だけでは認めてくれませんので、膨大な量の証拠をかき集めて提出する必要があります。

しかし、そもそも商標権を取得してもいない方が、自分の商標が有名であることを示す証拠をきれいに取ってあるというケースは稀でしょう。ましてや、他人が出願した時点でともなると、さらにハードルが上がります。

このように、商標については先使用権に事実上期待できません。

上記の例でいうと、2018年12月にはAさんのレストランは有名になっていて、20年間も同じブランドを使っていたわけです。

それにも関わらず、2015年4月1日の時点では有名でないため、Aさんには先使用権が認められないことになります。

先使用権が認められないと、裁判では敗訴してしまう結果、「XYZ」という商標の使用が継続できなくなります。

敗訴となると、店舗名を変更(看板やパッケージ、チラシなども変更)することになります(レストランに限らず商品名・サービス名でも同じです)。さらに、損害賠償も必要になってきます。

これだけならまだしも、商標権侵害で敗訴したともなれば、信用問題として取引先からの目線は非常に厳しいものになるでしょう。

いかがでしたでしょうか。上記の例でいえば、Aさんとしては、2000年の時点で特許庁に出願をしていれば全く問題なかったですし、どれだけで遅くとも、2015年3月31日までに出願をしておくべきであったといえます。

以上の通り、制度上「先使用権」というものは確かに設けられているものの、当てにしてもいいことはありません。

結論:できるだけ早く、1日でも早く

商標権を取るための費用・手間と、裁判に対応する費用・手間を比較すると、商標権を取る方がコストパフォーマンスに優れているということもありますが、安心感が圧倒的に違います。

いつトラブルに巻き込まれるかは誰にも予想することができませんので、安心して事業を進めていくためには、1日でも早く特許庁に出願をして、商標権を獲得するのが一番だということになります。

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