中国は、知財訴訟大国であり、中国進出を目指す企業にとって知的財産権の確保は非常に重要な課題となっています。
今回は、これから中国での自社製品の販売を展開していこうとしている方や、既に展開していて商標権を取得しようとしている方向けに、中国の商標の現状を交えながら、商標登録の流れや注意点について解説いたします。
1.中国での商標の現状
2019年のデータでは、中国の出願件数は日本の約40倍で、中国では割合にして市場主体5.2社につき1件の有効な商標を保有していると言われています。 この理由として、オンライン出願の普及や、AIによる商標登録サービスが開始されたことが挙げられます。オンライン出願が中国商標局で導入され、中国最大手のクラウドソーシングサービス『猪八戒』が、安価に出願代行を請け負うようになってからは、相場も下がり、今では代理機構を通しても1000元(約1.5万円)ぐらいで商標出願できるようになっています。
AIによる商標登録サービスについては、アリババ社がサービスを開始したというニュースが2020年4月に報じられました。アリババ社が提供するのはユーザーがキーワードを入力するだけで、業界のブランド動向を元に、AIが100パターンの商標サンプルを作成し、提案してくれるというサービスです。ユーザーは提示された選択肢から気に入った商標を選び、出願を依頼すれば良いだけですので簡単に出願できます。
オンラインで安く、簡単に商標を出願できるだけでなく、それ以前の「商標を作る」過程までも自動化が進んできており、今後ますます中国の商標出願件数は増えるであろうと予測されます。
また、中国では、「先願主義」の原則を採用しており、通常、先に出願された商標が優先的に登録されます。もし、知らない間に第三者によって商標登録がされていた場合、権利を取り戻すための法的保護は非常に限られていますので、登録が難しくなります。
以上のことから、市場拡大を続ける中国では、知的財産を確保するという事は非常に重要な事だと考えられます。
2.中国商標の出願から権利化までの手続きの流れと注意点
中国に商標出願する方法は、大きく分けて直接出願とマドプロ出願の2パターンがあります。パリルート出願について
出願は、中国の現地代理人と直接やり取りをし、各国の実体審査を通過するとそれぞれの商標権を取得できる出願方法です。パリルート出願の流れは下記の通りです。
出願準備 | 1 中国商標網のWEBサイトで事前調査 |
出願受理通知 | 2 出願してから1~2ヶ月後に出願受理通知 |
審査 | 3 出願日から9ヶ月以内 |
(拒絶理由通知) | 4 通知書を受領した日から15日以内 |
商標登録 | 5 権利の存続期間は10年 / 登録料の納付不要 |
マドプロ出願について
マドリット協定議定書に基づき、複数国に一括して手続きを行う方法です。締約国は約110か国あり、その中から権利を取得したい国を指定することによって、複数国に同時に出願するのと同等の効果を得ることができる制度です。マドプロ出願には、様々な条件があるので、出願前にはしっかりと確認をしておくことが重要です。
マドプロ出願の流れは下記の通りです。
国内審査 | 1 日本国特許庁に出lightcyan願 ⇒ 方式審査 |
国際登録 | 2 日本国特許庁よりWIPO国際事務局へ出願 ⇒ 国際商標登録 |
各国審査 | 3 WIPOの通報を受けて各指定国官庁による実体審査 |
登録通知 | 4 各指定国での商標登録 |
権利確定 | 5 権利の存続期間は10年 |
3.冒認出願の実例とその対策
実際に中国に進出してビジネスを始めようとする際に特に問題となっている商標の冒認出願について、その実例と対策を交えて解説します。禁止されている冒認商標出願とは、悪意のある「横取り商標出願」もしくは「先行権利の冒認出願」のことを指します。 出願者の主観的悪意の有無にかかわらず、下記3点が禁止される冒認出願に該当します。
1.他人が同一又は類似の商品で登録する場合
2.期査定がなされた商標と同一もしくは類似する商標を登録出願する場合
3.他人が先に取得した合法的権利と抵触しもしくは他人の既存の先行権利を侵害する場合
冒認出願が特に中国で多くなっている理由としては、上記で述べたオンライン出願とAIによる商標登録の利用者数の増加や、「高品質、安心、安全」といった良いイメージがついているMade in Japanのブランドが中国で人気であることが挙げられます。
また、外国商標の保護が不十分であることも理由の一つとして考えられます。
中国で採用されている原則として、「属地主義」と「先願主義」があります。先願主義については上記の通り、「通常、先に出願された商標が優先的に登録される」というものです。
一方、属地主義というのは「知的財産権の効力は、その権利を認めた国の範囲でのみ保護されるという規則」です。どちらも日本でも採用されている原則ですが、日本と中国では少し異なる特徴があります。
日本ではこのような規則からの救済措置として、「外国における周知の商標と同一・類似で、不正の目的をもって使用する商標」を拒絶理由とできる規定があります。しかし、中国の商標法では「外国における周知の商標であって、不正の目的で使用する商標」を拒絶する規定がありません。
2019年の法改正でも、このような規定を盛り込む改正は見送られました。大量の商標出願がある中国で、外国で周知な商標かどうか、不正な目的を有しているかどうかを審査することが現実的に不可能という判断のためかと考えられ、問題は継続したままとなっています。
実際にあった冒認商標の事例では、下記のように日本の地名や商品名・キャラクター、酒類の銘柄まで様々なものがあり、ニュースで大きく取り上げられたものもあります。
日本の地名 | 青森、博多、宇治、伊万里、山梨勝沼 など |
商品名やキャラクター | 今治タオル、東京スカイツリー、クレヨンしんちゃん、高島屋、讃岐うどん、有田焼 など |
酒類の銘柄 | 森伊蔵、伊佐美、村尾 など |
上記の例で取り上げたものは、中国で先に商標登録をされてしまった事例ですが、既に海外で登録されている場合も、指定商品によっては商標を保護できない可能性があります。
A社 | X国でA社の社名を商標登録 ⇒出願の際に指定した商品の区分 ・25類の被服、靴等 ・28類のおもちゃ、運動用具など |
B社 | A社とは関係のない現地企業B社がA社と同じ商標を出願し、登録された ⇒指定した商品の区分 ・16類の文房具など |
その後、A社はX国で文房具の販売を開始したところB社から警告を受け、文房具に商標を使用できない事態に陥りました。
このような事態に陥らないためにも、出願、登録したらそれきりではなく、自己のビジネス展開に即した内容になっているか定期的な見直しをすることが必要になります。