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厚生労働省及び観光庁は、「規制改革実施計画」(平成27年6月30日閣議決定)を踏まえて、「民泊サービス」のあり方について検討してきました。2月29日に第6回「「民泊サービス」のあり方に関する検討会」を開催し、関係者からのヒアリングを実施するとともに旅館業法施行令と厚生労働省土の改正方針が示され、事実上の規制緩和が実現しました。民泊はフロント不要
厚生労働省が示した資料によると、平成28年4月1日施行予定で「旅館業における衛生等管理要領」の中に規定されている簡易宿所の玄関帳場等に関する基準を、次のとおり改正する方針であることが明らかになりました。【現行】フロント必須
適当な規模の玄関、玄関帳場又はフロント及びこれに類する設備を設けること。その他「第1 ホテル営業及び旅館営業の施設設備の基準」の11(玄関帳場又はフロント)に準じて設けること。
【改正案】民泊ではフロント不要
適当な規模の玄関、玄関帳場又はフロント及びこれに類する設備を設けることが望ましいこと。その他「第1 ホテル営業及び旅館営業の施設設備の基準」の11(玄関帳場又はフロント)に準じて設けることが望ましいこと。ただし、収容定員が10人未満の施設であって、次の各号に掲げる要件を満たしているときは、これらの設備を設けることは要しないこと。
(1)玄関帳場等に代替する機能を有する設備を設けることその他善良の風俗の保持を図るための措置が講じられていること。
(2)事故が発生したときその他の緊急時における迅速な対応のための体制が整備されていること。
(1)玄関帳場等に代替する機能を有する設備を設けることその他善良の風俗の保持を図るための措置が講じられていること。
(2)事故が発生したときその他の緊急時における迅速な対応のための体制が整備されていること。
面積要件の緩和
また、旅館業法施行令の改正により面積要件も緩和される予定です。厚生労働省通知改正と同様に平成28年4月1日施行予定の旅館業法施行令(昭和32年政令第152号)第1条第3項第1号において、簡易宿所営業の客室の延床面積について、現行の33平方メートル以上を求める規定から、33平方メートル(収容定員が10人未満の場合には3.3平方メートルに収容定員の数を乗じて得た面積)平方メートル以上を求める規定に改正する方針です。
「法律上は」全国的に民泊が解禁
厚生労働省が実施したパブリックコメントを受けて、旅館業法施行令が改正され面積要件が緩和されることは確実視されていました。しかし、要綱で規定された「フロント設置」について従前と同様に要求されるのであれば、現在行われている民泊の形態では実施不可能と思われていました。この点、今回発表された厚生労働省通知改正案が実現すれば、従来の形態と同様の方法で民泊を実施することが法律上は全国的に可能となりそうです。
しかしこの「法律上は」という部分が実は重要です。法律でOKになったとしても実は条例でNG、ということがあります。
法律と条例はどちらが優先される?
普通地方公共団体は、法令に違反しない限り、その地域の独自ルールとして条例を制定することができます。憲法は、「法律の範囲内で条例を制定することができる」と定めています(94条)。自治体が条例を制定する権利は、法律ではなく憲法によって保障された権限です。これを受けて地方自治法では、下記のように規定されています。
第十四条 普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて第二条第二項の事務に関し、条例を制定することができる。
では、条例と法律の関係はどのように考えればよいのでしょうか。この点は、「憲法」や「行政法」の講義で扱う有名な論点です。
上記条文でいう「法令」とは、憲法およびこれに適合する法令(法律およびその委任を受けた命令)を指します。そこで、条例を制定するには、次の3点を満たす必要があります。
1.当該自治体の事務に関するものであること
2.法令の範囲内であること
3.憲法に抵触しないこと
2.法令の範囲内であること
3.憲法に抵触しないこと
旅館業法のケースでは「2.法令の範囲内であること」が問題となります。
「法定の範囲内」とは?
「法令の範囲内」であるか否かについて、最高裁判所の判例は、法令と条例の対象事項と規定文言を対比するのみでなく、それぞれの趣旨、目的、内容および効果を比較し、両者の間に矛盾抵触があるかどうかによって決するべきとしています(「実質的判断説」と呼ばれます)。例えば、ある事項について国の法令中にこれを規律する明文の規定がない場合でも、当該法令全体からみて、右規定の欠如が特に当該事項についていかなる規制をも施すことなく放置すべきものとする趣旨であると解されるときは、これについて規律を設ける条例の規定は国の法令に違反することとなり得ます。
逆に、特定事項についてこれを規律する国の法令と条例とが併存する場合でも、後者が前者とは別の目的に基づく規律を意図するものであり、その適用によって前者の規定の意図する目的と効果をなんら阻害することがないときや、両者が同一の目的に出たものであっても、国の法令が必ずしもその規定によって全国的に一律に同一内容の規制を施す趣旨ではなく、それぞれの普通地方公共団体において、その地方の実情に応じて、別段の規制を施すことを容認する趣旨であると解されるときは、国の法令と条例との間にはなんらの矛盾牴触はなく、条例が国の法令に違反する問題は生じないとしています(徳島市公安条例事件・最大判昭50.9.10)。
旅館業法施行条例は?
では、民泊事業に関連して、旅館業法施行条例は旅館業法に抵触しないのでしょうか。本件では、
・法律・条例の目的は同一である
・国の法令は「地方の実情に応じた別段の規制を容認する趣旨」である
・国の法令は「地方の実情に応じた別段の規制を容認する趣旨」である
といえます。したがって、旅館業法で不要とされたフロント設備について、各地の自治体が地方の実情に応じて旅館業法施行条例で設置を要求したとしても、両者の間に矛盾抵触は無いと考えられます。
なお、法律が規制の対象としている同一事項について、法律と同じ趣旨・目的で、法律が規定している規制より厳しく規制基準を設定するものを「上乗せ条例」と呼びます。
以上より、東京都23区の大半で制定されている「上乗せ条例」がある限り、旅館業法の運用が緩和されただけでは簡易宿所営業として民泊を実施することはできません(上乗せ条例が無い区では実施可能)。上乗せ条例が施行されている区内で、簡易宿所営業として民泊事業を実施する場合には、条例の改正を待つ必要があります。
参考までに、豊島区旅館業法施行条例を見てみましょう。
第9条 政令第1条第3項第7号の規定による簡易宿所営業の施設の構造設備の基準は、次のとおりとする。
(1) 宿泊しようとする者との面接に適する玄関帳場その他これに類する設備を有すること。
(1) 宿泊しようとする者との面接に適する玄関帳場その他これに類する設備を有すること。
上記の条例に基づき、審査基準では以下のように具体化されています。
・営業者と宿泊しようとする者が必ず応接できる構造とすること(審査基準)。
そして、上記の「応接できる構造」について、豊島区の指導基準では以下のように規定されています。
・カウンターを設け、3㎡以上の広さのものであること(指導基準)。
このように、法律の規定より厳しい規制を規定する条例を「上乗せ条例」と呼びます。この規定は、旅館業法施行令第1条3項7号に基づいて規定された条例です。
(構造設備の基準)
第一条 旅館業法 (以下「法」という。)第三条第二項 の規定によるホテル営業の施設の構造設備の基準は、次のとおりとする。
3 法第三条第二項 の規定による簡易宿所営業の施設の構造設備の基準は、次のとおりとする。
一 略
二 略
三 略
四 略
五 略
六 略
七 その他都道府県が条例で定める構造設備の基準に適合すること。
第一条 旅館業法 (以下「法」という。)第三条第二項 の規定によるホテル営業の施設の構造設備の基準は、次のとおりとする。
3 法第三条第二項 の規定による簡易宿所営業の施設の構造設備の基準は、次のとおりとする。
一 略
二 略
三 略
四 略
五 略
六 略
七 その他都道府県が条例で定める構造設備の基準に適合すること。
以上のように、豊島区では旅館業法の規定より厳しい「上乗せ条例」が制定されています。東京23区内の大半では同様の条例が制定されています。
したがって、これらの条例が改廃されないかぎり、法律が改正されただけでは民泊が実質的に解禁されることにはなりません。
つまり、「旅館業法の運用が変更された」=「日本全国で民泊が実施可能になった」ではない、ということです。
東京23区では各区が、旅館業法施行条例を制定しています。よって、各区の政治情勢を踏まえながら、議会の対応を注視していく必要があります。
民泊はまだまだ未決定の部分も多く、今後の動向が注目されています。
弊所では、各地の政治家とネットワークを持ち、政治法務を専門とする特定行政書士が、各地の政治情勢をふまえて最新の情報を収集しています。
民泊サービスの開始を具体的にお考えの際はまず行政書士にご相談ください。
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