2020年4月から改正民法が施行されることとなります。
今回行われる改正では、債権法を中心に、約257項目にも及ぶ改正事項があります。
事業運営を行っていくにあたっては、契約の締結は避けて通れないことから、思わぬトラブルに巻き込まれないためにも、改正のポイントは押さえておくべき事項であると考えられます。
今回の記事では、前編・後編の2部に分けて、前編では「民法改正の概要から全体像」を解説し、後編では「改正法を中心に契約時などの実務への影響」を解説していきますので、ポイントについてご参考にしていただきたいと思います。
1.民法改正の概要
現在の民法は、明治29年(1896年)の制定後、債権関係の規定(契約等に関わる部分)についてはこの120年間でほとんど改正が行われておりませんでした。しかしながら、この期間に日本の社会・経済情勢は大きく変化しており、取引の複雑高度化や情報化社会の進展等に対して、現行の民法を多数の判例や解釈論を実務に反映する形で補ってきたものの、現行法に落とし込まれていないことから、「基本的なルールが見えない状態」となっていました。
そのような課題を解決するために、平成21年(2009年)10月から5年余りの審議を経て、国の法制審議会民法(債権関係)部会において要項案を決定し、民法改正へと展開されていったものです。
改正が目指した狙いとして、以下の2点に基づいて審議が行われております。
改正の狙い
「社会・経済の変化への対応」の観点からの改正
「国民一般に分かりやすい民法」とする観点からの改正
2.改正法の基本的内容
このような改正の狙いを踏まえて、民法改正法の基本的な内容は、 以下の構成とすることを目的としています。民法改正法の基本的内容
1.民法成立後約120年間に現民法の各条文について積み重ねられた判例学説を条文に反映すること
2.取引社会で形成されてきた商慣習について、 現行条文で対応出来ていない部分、不整合のある条文部分を補足すること
3.新設するなどにより、一般社会で使いやすい法文とすること
このように民法改正法の基本的内容から、改正民法は現在の企業法務(契約法務)において、既に契約内容に反映されているものが多く、その意味では、追認的な要素が大きいものと考えられます。
一方で、今回の改正により、現在使用あるいは作成する契約書の内容について十分な理解をしていなければ、契約書上のミス(契約条項の入れ忘れ等)が法文により補充されてしまうため、思わぬ結果を招く恐れがあることがあります。
今回の記事をもとに、改正民法の要点を抑えつつ、契約法一般の基礎知識を強化することを目指しましょう。
3.民法改正の全体像とポイント
まずは、民法改正の全体像と改正のポイントをご説明していきます。 法務省民事局が公開している資料「民法(債権関係)の改正に関する説明資料―主な改正事項―」をもとに、「主な改正事項」と「改正法のポイント」を整理しておりますので、ご参照ください。主な改正事項
改正事項 | 改正法のポイント |
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1.消滅時効に関する見直し | ・ 職業別の短期消滅時効は全て廃止(※) ・ 商事時効(5年)も廃止 ・ 権利を行使することができる時から10年という時効期間は維持しつつ、権利を行使することができることを知った時から5年という時効期間を追加 (※)改正前の民法では、医師や弁護士などの職業別に、債権の消滅時効が1年から3年等、規定されていました |
2.法定利率に関する見直し | ・法定利率の引下げ(施行時に年3%) ・緩やかな変動制の導入(3年ごとに見直し) ・商事法定利率の廃止 |
3.保証に関する見直し | ・極度額(※)の定めの義務付けについては、全ての根保証契約に適用 (※)根抵当権により担保することができる債権の合計額の限度 |
4.債権譲渡に関する見直し | ・譲渡制限特約が付されていても、債権譲渡の効力は妨げられない (ただし、預貯金債権は除外)。 |
5.約款(定型約款)に関する規定の新設 | ・約款の変更が相手方の一般の利益に適合する場合など、定型約款準備者(事業者など)が一方的に定型約款を変更することにより、契約内容を変更することが可能であることを明確化 |
6.意思能力制度の明文化 | ・意思能力を有しない者がした法律行為は無効とすることを明文化 |
7.意思表示(錯誤)に関する見直し | ・錯誤の効果を「無効」から「取消し」に見直し |
8.代理に関する見直し | ・制限行為能力者が「他の制限行為能力者」の法定代理人としてした行為については、例外的に、行為能力の制限の規定によって取り消すことができる |
9.債務不履行による損害賠償の帰責事由の明確化 | ・債務不履行による損害賠償に関して、判例や一般的な解釈を踏まえ、債務者に帰責事由がないことを「履行の不能」のみに限らない一般的な要件として定める。 ・免責要件の有無は、契約及び社会通念に照らして判断される旨を明記 |
10.契約解除の要件に関する見直し | ・債務不履行による解除一般について、債務者の責めに帰することができない事由によるものであっても解除を可能なものとする。 ・催告解除の要件に関して、判例を踏まえ、契約及び取引通念に照らして不履行が軽微であるときは解除をすることができない旨を明文化する。 |
11.売主の瑕疵担保責任に関する見直し | ・買主は売主に対し、以下の1から4ができることを明記。 1 修補や代替物引渡しなどの履行の追完の請求 2 損害賠償請求 3 契約の解除 4 代金減額請求 ・「隠れた瑕疵」があるという要件を、目的物の種類、品質等に関して「契約の内容に適合しない」ものに改める。 ・買主は、契約に適合しないことを知ってから1年以内にその旨の通知が必要。 |
12.原始的不能の場合の損害賠償規定の新設 | ・原始的不能(※)の場合であっても、債務不履行に基づく損害賠償を請求することは妨げられない旨の規定を新設 (※)原始的不能:契約成立の時点で既に債務が履行不能であること |
13.債務者の責任財産の保全のための制度 | 次のルール等を新設 ・金銭債権等を代位行使する場合には、債権者は自己への支払等を求めることができる。 ・債権者の権利行使後も被代位権利についての債務者の処分は妨げられない。 ・債権者が訴えをもって代位行使をするときは、債務者に訴訟告知をしなければならない。 |
14.連帯債務に関する見直し | ・連帯債務者の一人に対する履行の請求は、他の連帯債務者に対してその効力を生じない。 ・連帯債務者の一人についての免除、消滅時効の完成も、他の連帯債務者にも効力が生じない。 |
15.債務引受に関する見直し (免責的債務引受) |
・債権者・引受人間の契約によってすることができる。 ・債務者・引受人間で契約をし、債権者が承諾をすることによってもすることができる。 (併存的債務引受) ・債権者・引受人間の契約によってすることができる。 |
16.相殺禁止に関する見直し | ・相殺禁止の対象となる不法行為債権を次の1、2に限定し、それ以外は相殺可能に 1 加害者の悪意による不法行為に基づく損害賠償(誘発防止という観点) 2 生命・身体を侵害する不法行為に基づく損害賠償(現実弁償が必要という観点) |
17.弁済に関する見直し(第三者弁済) | ・「弁済をするについて正当な利益を有する者でない第三者」の弁済が債務者の意思に反する場合であっても、債務者の意思に反することを債権者が知らなかったときには、その弁済は有効としている。 ・「弁済をするについて正当な利益を有する者以外の第三者」は、債権者の意思に反して、弁済をすることができない。 |
18.契約に関する基本原則の明記 | ・「法令に特別の定めがある場合を除き」、「法令の制限内において」といった文言を加えた上で、契約に関する基本原則を明文化 | /tr>
19.契約の成立に関する見直し | ・特定物に関する物権の設定又は移転を目的とする双務契約等について債務者の責めに帰すべき事由によらないで目的物が滅失又は損傷した場合について債務者主義(債権者の負う反対給付債務は消滅する)を採用 ・買主が目的物の引渡しを受けた後に目的物が滅失・損傷したときは、 買主は代金の支払(反対給付の履行)を拒めない。 |
20.危険負担に関する見直し | |
21.消費貸借に関する見直し | ・書面によることを要件として、合意のみで消費貸借の成立を認める。 ・借主は、金銭の交付を受ける前は、いつでも契約を解除できる。→ 借主に借りる義務を負わせない趣旨 ・その場合に貸主に損害が発生するときは、貸主は賠償請求できるが、限定的な場面でのみ請求は可能 (例)相当の調達コストがかかる高額融資のケース → 消費者ローンなど少額多数の融資では、借主の契約解除による損害なし |
22.賃貸借に関する見直し | ・敷金の定義(賃料債務等を担保する目的で賃借人が賃貸人に交付する金銭で、名目を問わない)を明記 ・敷金の返還時期(賃貸借が終了して賃貸物の返還を受けたとき等)・返還の範囲(賃料等の未払債務を控除した残額)等に関するルールを民法に明記 ・賃借物に損傷が生じた場合には、原則として賃借人は原状回復の義務を負うが、通常損耗(賃借物の通常の使用収益によって生じた損耗)や経年変化についてはその義務を負わないというルールを民法に明記。 |
23.請負に関する見直し | ・次のいずれかの場合において、中途の結果のうち可分な部分によって注文者が利益を受けるときは、請負人は、その利益の割合に応じて報酬の請求をすることが可能であることを明文化 1 仕事を完成することができなくなった場合 2 請負が仕事の完成前に解除された場合 |
24.寄託に関する見直し | ・合意のみで寄託の成立を認める。(※書面は不要) ・物の交付前の契約の解除について、以下のルールを新設 1 寄託者は、物の交付をする前は、いつでも契約を解除できる。その場合に受寄者に損害が発生する時は、受寄者は賠償請求できる。 2 書面による寄託の場合を除き、無報酬の受寄者は、物の交付を受ける前は、いつでも契約を解除できる。 3 報酬を得る受寄者と書面による寄託の無報酬の受寄者は、寄託者が物の引渡しの催告を受けても物の引渡しをしないときは、契約を解除できる。 |
4.まとめ
いかがでしたでしょうか。主な改正事項をピックアップしただけでも、これだけの改正事項があります。改正前の民法には1103条の条文がありますが、今回の改正されたものは、257条となり全体の約4分の1あたります。
後編では、今回ご説明した「主な改正事項」の中から、特に押さえておくべき事項に絞って、より実務に沿った形で解説を行っていきますのでよろしくお願いします。