労働者の不注意により、会社が損害を被るケースがあります。もちろん、労働者側の責任は免れないのですが、一方ですべての責任を労働者側に押し付けるというのも、また問題があると言えます。
それでは、労働者側の責任をどこまで追及できるのでしょうか。今回は労働者への損害賠償の請求について、解説いたします。
- 1.労働者に事前に損害賠償を約束させるのは不可。事後の損害賠償は可能。
- 2.労働者側の重大な過失でも、事例では1/4程度。事前に負担割合を決めることは難しい。
- 3.損害賠償額を給与から天引きすることは原則不可。
- まとめ
1.労働者に事前に損害賠償を約束させるのは不可。事後の損害賠償は可能。
まず、原則です。「事故を起こしたら罰金10万円」といったように、事前に損害賠償金額を約束させることは、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない(労働基準法第16条)」という賠償予定の禁止に違反し、無効となります。もっとも、賠償予定の禁止とは、事前に金額を定めることを禁止するものであって、実際に起きた事故の損害賠償を求めること自体を禁止しているわけではありません。よって、労働者の重大な過失によって起きた事故について、労働者側に一定の負担を求めることも、また咎められるものではない、ということになります。
2.労働者側の重大な過失でも、事例では1/4程度。事前に負担割合を決めることは難しい。
では、どれくらいの割合の請求が適当なのでしょうか。多くの裁判例では、労働契約の特性から、「責任制限法理」を採用しています。つまり、普段、会社は労働者を通じて多くの経済的利益を得ているわけですから、その分、労働者の損害賠償責任も制限されるというものです。民法においても、その損害額を会社が肩代わりをした際は、その金額を労働者に請求できることになっています。これを求償権と言います。しかし民法715条における求償権とは、「損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において」求償請求できると解されています。公平である必要があり、一方的な押し付けは認められないのです。
実際、従業員の居眠り事故により高額の機械を破損した事件で、裁判では会社が深夜労働をさせていたことや機械保険加入などの措置を取っていなかったことを理由に従業員の責任を1/4程度と限定しました(名古屋地裁 昭和62年7月27日判決)。
もちろん、労働者に求償する場合の責任負担割合はケースバイケースとなります。しかし、現実問題として会社が普段、労働者を通して経済的利益を得ていることを考えると、争った場合は、事業主の肌感覚よりも、会社側の責任の方が大きくなるでしょう。
ましてや、事前に事故を起こしたら30%、50%と責任割合を定めることは、前述の労働基準法の趣旨からも、上記の責任負担割合の考え方からしても、認められない可能性が高いということになります。
3.損害賠償額を給与から天引きすることは原則不可。
と言っても、事故を起こされた会社から見れば、何かしら責任を負わせたい、という思いもあるかもしれません。では、給与から損害賠償額を天引きすることはできるのでしょうか。結論から言えば、天引きはできません。理屈では労使協定を結ぶことで天引きは可能になりますが、そのような労使協定や同意書が争ったときに有効になるとも思えず、不可と考えて良いでしょう。
一方で、損害賠償ではなく、重大な過失による事故を懲戒処分として減給することは、就業規則で事前に記載があれば可能です。ただし減給の懲戒処分は「一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない(労働基準法第91条)」とされています。
ここで気を付けなければいけないのは、損害賠償金と減給は別であるということです。減給が損害賠償の意味を持つと、そこから前述の同意が無いことを理由に無効になる可能性があります。仮に減給処分をするにしても、損害賠償金ではないことを明確にしておきましょう。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
●従業員に対して損害賠償金を事前に定めることは不可だが、損害賠償そのものは否定されない。
●現実的には裁判例などで認められた損害賠償責任も1/4程度。会社側の責任も十分に考慮される。
●損害賠償金の給与からの天引きは事実上不可。就業規則に基づく懲戒処分による減給は可。
労働者の過失による事故は、会社にとって頭の痛いところであるのは理解します。しかし、会社が考えるべきことは、事故の責任を労働者に被せることでなく、事故の理由を分析し、次に同じ事故を起こさないように対策を立てることなのです。