1. はじめに
国税庁は2022年6月、「移転価格事務運営要領」(事務運営指針)の一部改正を発表しました。この改正は2022年1月にOECD移転価格ガイドラインの金融取引に関する指針を反映したものと考えられ、金融取引と費用分担契約に関する取扱いについて、指針の内容を一部改正しました。本解説では、金融取引に係る改正について焦点をあて、改正のポイントや実務対応において留意すべき点を解説します。
2. 金銭の貸借取引
改正前の金銭の貸借取引の独立企業間利率は、独立価格比準法に準ずる方法と同等の方法を適用することを前提に、次の①②③の順に独立企業間利率を算定することができるとされていました。
① 借手が第三者の銀行等から当該取引と通貨、時期、期間等が同様の条件下で借入したときに付されるであろう利率
② 貸手が第三者の銀行等から当該取引と通貨、時期、期間等が同様の条件下で借入したときに付されるであろう利率
③ 当該取引と通貨、時期、期間等が同様の条件下で国債等により運用した場合に得られるであろう利率
この度の改正では、これらの手順は削除され、最も適切な方法により独立企業間利率を算定することになります。具体的には、借手の信用力を適切に評価し、その信用力をもとに公開データ等から金利を算定することが求められます。
借手の信用力
借手の信用力の評価を事業会社が自ら評価することは実務的に困難だと思いますが、信用格付機関から親会社の信用格付けを取得している場合は、例えば、信用格付機関が公表している「グループ格付け手法」により親会社の信用格付けをベースとした子会社の信用力を評価する方法が考えられます。また、信用格付機関から親会社の信用格付けを取得していない場合には、信用格付機関や外部専門家等に依頼し、親会社の信用格付を算出してもらうことがよいでしょうが、高額な費用を必要とすることが予想されますので、移転価格の専門家等に依頼し、データベース等から親会社の財務状況と類似する法人の信用格付けを用いて、親会社の信用格付けを算出する方法も考えられます。
市場金利の利用
当該取引と通貨、時期、機関、信用力その他の比較可能性に影響を与える要素が同様の条件下であれば、公開されている銀行間金利、金利スワップレート、国債等により運用した場合に得られるであろう利率を比較対象取引とすることができます。ただし、これらの市場金利は、借手の信用力を反映していないため、前出のとおり親会社の信用格付けをベースとした子会社の信用力を加えた独立企業間利率を算定することが求められます。この方法以外にも借手または貸手と業種、規模、信用格付け等が類似する法人が発行する社債利回りを用いて独立企業間利率を算定することも検討できます。
なお、銀行等に照会して取得した見積り上の利率やスプレッドは、現実に行われる取引に依拠しない指標と考えられますので、市場金利や借手の信用力の評価には使用できません。
3. 債務保証取引
この度の改正では、債務保証取引により保証者は法的な責任を負うか否か、被保証者は信用力が増しているかを検討し、取引に有償性があると判断できれば、具体的には次の2つの算定方法を検討すべきとされています。
① 保証のない場合と保証がある場合に支払う金利の差を保証料の根拠とする手法(イールドアプローチ)
② 保証者に生じる予想損失額を保証料の根拠とする手法(コストアプローチ)
債務保証取引においても被保証者の信用力の評価が必要になりますが、金銭の貸借取引にて確認した方法により対応が可能だと思います。
また、イールドアプローチとコストアプローチのどちらを採用すべきか。あるいは両手法の平均値を採用すべきかについては、債務保証取引を正確に描写し、保証者が負担する信用リスクや被保証者により生じる経済的便益という観点から最も適切な方法により独立企業間価格を算定することになります。
4. まとめ
金融取引は事業会社にとっては本業ではないことから、移転価格のメソッドにもとづかない価格の決め方や税務調査で指摘を受けてから対応すればよいとする考えが見受けられますが、今後は、既存の金融取引、新規金融取引については、借手や被保証者の信用力を適切に評価したうえで、その信用力をもとに独立企業間価格(率)を設定することが求められます。昨今中小企業の海外進出が盛んになり、海外子会社との取引も増えていることから、税務当局の移転価格調査の対象となることが少なくありません。ぜひ、これを機に金融取引を含む国外関連取引のリスク分析を行い、税務調査に備えた準備を進めることを推奨いたします。
なお、本改正は「令和4年7月1日以後に開始する事業年度分の法人税の調査または事前確認審査について適用されます。決算期が3月の法人であれば2024年3月期から、12月の法人であれば2023年12月期から適用になります。
弊法人は、企業様の個々の事情に応じて最適な移転価格税制へのアドバイスを行っています。移転価格に関するご質問、ご相談等がございましたら、弊法人までご連絡いただければ対応いたします。
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